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げたでつながり、新たな交流 滝本新聞履物店・滝本篤透さん げた職人・板垣司朗さん

自宅の作業場でげたを作る板垣さん。長年愛用した道具を使い、足を巧みに使う
自作のげたを持つ職人の板垣さん(左)と、販売用のげたを持つ滝本新聞履物店の滝本さん。昔をたどり、話が弾んだ

 頸城区百間町の滝本新聞履物店代表の滝本篤透さん(51)は、げた屋としてのルーツを探るため、20日、上越市上源入の板垣司朗さん(90)を訪ねた。

 滝本さんはげた屋の5代目。ずっと3代目と思っていたが、創業は2代前の江戸~明治時代にかけてということが分かった。3代目の祖父・六之助さん(故人)と関係のある人の存在は、親戚から聞いていたものの会ったことがなかった。

 5月20、21の両日に同区鵜ノ木の坂口記念館で「げたと和モダン雑貨市」を開いた。21日の本紙に載り、その記事を見た板垣さんが同日に雑貨市に来て、初めて対面した。

 板垣さんは直江津の旧四ツ屋に生まれ、げた職人の父・清司さん(故人)の作業を「見よう見まね」でげた作りを覚えた。16歳で日本ステンレスに入り、会社が休みの時に父と共に滝本六之助さんの所に行き、同店の従業員らに技術を教えていたという。

 同社を60歳で定年退職した後にげた作りを再開。自宅の作業所で1日に7~8足を同時進行して作っている。あぐらをかくように座り、素材の桐を両足で挟んで固定し、のみやなた、かんななどで削って成形する。「こしゃっている(作っている)時が一番。ここ(作業場)にいると気が休まる。じっとしているのが駄目」。作業がない時は草取りや盆栽、花いじりに精を出す。85歳までは野球にも熱中していた。

 一つの素材から土台と刃が一体となったげたを手作りする技術は貴重で、見ていた滝本さんは思わず「習いたいぐらい」。今後もやりとりを重ねていくとし、「つながった縁を大切に、げたの歴史を絶やさないようにしていきたい」と、職人の心意気を受け止めている。

 土台が反った二重曲面のげたは販売していないが、一般のげたは販売している。板垣さんのげたの問い合わせは、次男の実さん(電090・2208・4891)へ。

自作のげたを持つ職人の板垣さん(左)と、販売用のげたを持つ滝本新聞履物店の滝本さん。昔をたどり、話が弾んだ